「このためらい」とは?考察|ゆず『春疾風』
2023年リリースのオリジナルアルバム『PEOPLE』の一曲『春疾風』。初披露はライブALWAYS YUZUTOWNで、既にリリースされていた『夏疾風』の兄弟的存在です。よく似た主旋律を持ちながらも、高鳴る気持ちを表現した『夏疾風』とは対照的なアレンジや歌詞が特徴的…そんなこの曲を、考察していきたいと思います。
今吹き抜ける春疾風 新たな息吹を告げる風の音
ならば僕のこのためらいも 溶かして欲しい
いつのまにか歪んでしまった この心にあなたの声が
いつの日にか 届くように
『春疾風』/ゆず
以上がサビの部分であり、曲の中で2回登場することから、この曲のメッセージを考える上での中核になります。しかし「このためらい」と「あなたの声」がそれぞれどんなものであるか、上の詩では明言されていません。
今回は、「このためらい」について考察していきたいと思います。
主人公の望みは?
ためらうという言葉は、何かをしようとして、けれど訳あってそれをしない様子を指します。では一体、『春疾風』の主人公は何をしようとしていたのでしょうか。
サビの後半「あなたの声がいつの日にか届くように」から、主人公は「あなたの声」を待ち望んでいることが伺えます。
また、一回目のサビの直前に「あてもなく歩いてゆく」とあることから、主人公は「あなたの声」を求めて彷徨い歩いていると想像できます。
そして主人公は、さらに歩みを進めてゆくことに「ためらい」があるのではないかと考えました。そう考える理由は二つ、「歩いてゆく」のハモリ方と、曲冒頭の歌詞です。
極端に小さくなるハモリパート
華やいだ街の音は 今日も味気なくて
それでも時間に押され うずくまり耳を塞ぐ
灰色の空はまるで 写しだす未来のよう
見えない暗闇をただ あてもなく歩いてゆく
『春疾風』/ゆず
以上がAメロの歌詞で、この直後に春疾風が吹き抜けるサビがやってきます。「灰色の」から、岩沢さんの声でハモリが入るのですが、「見えない暗闇をただあてもなく歩いてゆく」の部分で次第にハモリの音量が小さくなっていき、最後はほとんど聞こえません。
このような表現により、「歩いてゆく」のに消極的であると感じられたことが、上のように考えた一つ目の理由になります。
冒頭の歌詞から
二つ目の理由は、歌詞です。上で挙げた歌詞の中には、「うずくまり耳を塞ぐ」「灰色の空」「見えない暗闇」といった、いかにも心の折れそうな、行き詰まりを感じさせる言葉が並んでいます。
また、一見どうってことなさそうな「華やいだ街の音」ですが、この表現が非常に不穏なのです。『春疾風』の作者である北川さんは以前、このような歌詞を自身の曲に登場させています。
知らん顔した街は今日も華やいで
君の名を叫ぶ声さえかき消される
『ワンダフルワールド』/ゆず
声をかき消す街の音は、「あなたの声」を求める主人公にとって天敵なのではないでしょうか。『春疾風』最初の2行からは、そんな街の音に辟易した様子が浮かんできます。
また、これは邪推かもしれませんが、「それでも時間に押され」の部分は『夏疾風』で「一人問いかけてみれば」に相当することから、自問自答する時間もないのではと考えました。
(偶然だと思うかもしれませんが、『春疾風』には『夏疾風』と対比させられる部分がいくつか見受けられます。華やいだ街の音は(聴覚)/眩しすぎる夏の日差し(視覚)、うずくまり耳を塞ぐ/聞こえる本当の声、溶かして欲しい/願いを乗せてetc…)
このことから、一向に「あなたの声」など聞こえそうになかったため、これ以上歩みを進めることにためらいがあるのではないかと考えました。
春疾風が吹き抜けて
今にも歩みを止めそうな主人公にも春疾風、つまり春の突風がやってきたのです。街の音もかき消すほどの強い風は、耳を塞いでいるにも関わらず主人公に新たな息吹を告げて、吹き抜けていきます。そんな春疾風に、街の音だけでなく「このためらい」すらも溶かして欲しいと願ったのではないでしょうか。
まとめ
今回は、歌詞「このためらい」について考察し、
- 「歩いてゆく」のハモリパートの音量が小さい
- 曲冒頭の行き詰まりを感じさせる歌詞
の2点から、主人公は「あなたの声」を望んで歩みを進めるも、一向に叶いそうにないため、これ以上進むことをためらっていると考えました。
いかがでしたでしょうか。また、「あなたの声」についても考察していきたいと思いますので、ぜひ良ければそちらもよろしくお願いします。それでは。